【注意!】
本学で開講されているロシア語諸科目は全て初修外国語であり、本学入学後に初めてロシア語を学ぶ者を対象とする授業である。ロシア語で教える学校を卒業した者は国籍・民族を問わず履修できません。

[ВНИМАНИЕ!]
Это занятия русского языка для настоящих начинающих. Не допускаются студенты, окончившие русскоязычную школу, независимо от гражданства и национальности.

ロシア語の背景と世界での位置づけ

1. ロシア語とはどういう言語か

ロシア語はインド・ヨーロッパ語族スラヴ語派の言語であり、旧ソ連のヨーロッパ部をヨーロッパに含めて考えればヨーロッパで最も話し手の多い言語である。ロシア語はロシア連邦とヨーロッパ内のウクライナ、ベラルーシとバルト3国のほか、「資源大国」カザフスタンや「シルクロードの国」ウズベキスタンをはじめとする“中央アジア”に加え、カスピ海と黒海の間にある“カフカース(=コーカサス)”といういずれも古い歴史を持つ2つの地域を含む広大な旧ソ連諸国で日常語として話されており、国連公用語の一つでもある。ロシア語圏は日本のすぐ北から始まり、東では英語圏であるアメリカ合衆国アラスカ州に接し、またはるか西方においてポーランド語圏やルーマニア語圏と接する一方、南では中国、北朝鮮、モンゴル、アフガニスタン、イラン、トルコといった実に様々な言語を話す国々と接している。

ロシア語で話し、書いた人々はドストエフスキー、トルストイ、ツルゲーネフ、チェーホフといったロシア文学の作家だけではない。メンデレーエフ(化学)もパヴロフ(生理学)もロバチェフスキーやコヴァレフスカヤ(いずれも数学)も、みなロシア語で話し、書いた人々である。また、音楽の分野ではチャイコフスキーもムソルグスキーもショスタコーヴィッチもプロコフィエフも、美術の分野ではレーピンもクラムスコイもアイヴァゾフスキーもカンディンスキーもシャガールも…とロシア語で話した巨匠たちの名を挙げたら際限がない。ロシア語とはロシア連邦の公用語であると同時に旧ソ連諸国の通用語であるにとどまらず、このように「文学の言語」でもあり、「学問の言語」でもあり、また「芸術の言語」でもある。この点において、ロシア語は仏独語に比肩する言語である。

現代の世界における「国際語」としての地位は英・仏・スペイン語に比して低いとしても、ロシア語を日本語やモンゴル語のような「民族語」と同一の次元で論じることはできない。ましてや、現在の我が国において多くの人々が持っている「ロシア語は特殊言語」などというという観念が全くの誤りであるのは自明のことである。

ロシア語は英・仏・独・スペイン語と同じくインド・ヨーロッパ語族の言語だが、文章語と会話語との間に英語のような大きな文体差がないこと、冠詞がないこと、時制が「現在」、「過去」、「未来」の3つしかないため「過去と現在完了の違い」や「時制の一致」などに頭を悩ませる必要がないこと、動詞の「仮定法」の作り方が独・仏・スペイン語に比してはるかに簡単であること、さらには”S+V+O”だけでなく、”S+O+V” でも” O+S+V”でも” V+O+S”でも正しい露文となるほど語順の自由度が高いこと、そして、特に会話語では状況および文脈により明らかな語はほぼ自在に省略できることなど、日本人にとっての「長所」もある。このため、文法を最後まで学び終えた者にとっては使いこなしやすい言語でもある。

また、スラヴ語派(旧ソ連内のロシア語、ウクライナ語、ベラルーシ語、旧ソ連外の国家語としてはポーランド語、チェコ語、スロバキア語、セルビア語、クロアチア語、スロベニア語、ブルガリア語ほか)では言語間の違いが語彙面でも文法面でもゲルマン語派における英語とドイツ語の違いのように大きくないため、最も母語話者数が多く最も研究の進んでいるロシア語を知っていればそうした言語を学ぶ際に強力な基盤とすることができるという利点もある。

2. ロシア語を学ぶことを決める前に必ず知ってほしいこと-文法の複雑難解さについて

ロシア語の学習を始めるにあたっては相当の「覚悟」が必要であり、それがないと途中で挫折する。「基礎ロシア語I-1,I-2」の段階では文字をゼロから学ばねばならないこと以外に甚だしい困難はないが、ロシア語履修者は「基礎ロシア語II-1」以降の範囲において必然的にロシア語特有の難点に直面することになる。ロシア語の履修を決めるにあたってはロシア語の特性に関する下記説明をよく読み、特に文法が他に比して複雑かつ難解であることを知った上で決断されたい。

まず、安易にロシア語を選択して中途で挫折することのないよう最初に明言するが、少なくとも文法を学ぶ初級・中級段階においては、ロシア語は仏独語やスペイン語と比べて記憶負担量が多く、しかも複雑かつ難解である。まず音韻面では特に子音の数が多い。[l]と[r]の区別があることは西欧諸語と同様であるが、それに加え、例えば日本人に「シャ行」の子音のように聞こえる子音が3つあり、それぞれ別の文字で書かれる。日本人に「ジャ行」の子音のように聞こえる子音に至っては4つもある。また日本人に「チャ行」の子音のように聞こえる子音も2つあり、特にこの両者はいずれも極めて頻度が高い。これはつまり、子音が比較的少ない言語を母語とする日本人にとっては「英語の[l]と[r]の区別と同種の困難」が多いという意味である。幸いこれらの聞き分けが全て完璧にできなくともロシア語を聞いて理解することは十分に可能だが、ことロシア語を話す際には常にこれらを全て区別して発音することが絶対に必要である。そうしないと重大な誤解を生んだり、あるいはロシア人にとって全く理解不能となる恐れすらあるからである。

幸いロシア語は綴りと発音の関係が規則的であって「書いてある通りに読む」のが基本だが、それだけにロシア文字を学ぶ際には各子音の音声学的定義を十分に把握しつつ学ぶ必要がある。そうしないとせっかく文法的に正しく語形変化させて発音したつもりであっても文法上の誤りであると誤解されたり、別の意味に解釈されてしまったり、あるいは、場合によっては全く別の語を発音しているかのように誤解されてしまうなどということが起こり得るからである。

文法面においては、まず動詞について言うと、動詞単独で述語となれる動詞の形として現在形が6個、過去形が4個あるのみなので、この点だけはロシア語の方がたくさんの時制を持つ仏・独・スペイン語よりも単純である。しかしながら、ロシア語ではそもそも動詞自体に「完了体」と「不完了体」の2種類があり、その使い分けを誤るとたとえ文中の語形変化が全て正しかったとしてもとんでもない意味の露文となってしまう。しかもこの「完了体」の意味とは英語の「完了形」の意味とは全く異なるものであって、ロシア語動詞の「完了体」と「不完了体」の意味の違いを把握することはロシア文法中最大の難関の一つなのである。

そしてさらに、「完了体」と「不完了体」の区別とは全く別に、「行く」、「走る」、「飛ぶ」等々の「移動」を表す動詞はその各々に「定動詞」と「不定動詞」の2種類があり、これらについてもその区別を誤ると全く状況に整合しない露文となってしまい、卑近な生活会話中であっても重大な誤解を生じさせることとなる。

子音の音声学的な違いについても、また上述のような西欧諸語に存在しない文法上の区別についても「習うより慣れろ」式に実用を通して理解することは全く不可能である。したがって、ロシア語の授業はこれらを論理的に説明することが中心とならざるを得ない。それゆえ、「外国語の授業なのだから会話の訓練を中心としてほしい。理屈っぽい説明は嫌だ」と考えるような者はロシア語の学習に向かない。ロシア語とは、いかに卑近な会話であろうと文法を把握することなくしては聞いて理解することも話すことも不可能であるため、理屈を避けて学ぶことができない言語なのである。

さらに、文法面において、ロシア語には名詞、形容詞、動詞のいずれについても甚だしく語形変化が多いという特色がある。例えば、名詞は単数で6格、複数で6格の計12個の形に変化し、主にそれらによって「~が、~の、~に、~を、~で」の意味を表す(これを「格変化」と呼ぶ)のだが、その変化パターンの数自体が多い。そのため、日本人学習者にとってはこの「格変化」を覚えることがロシア語初級における最大の難関となる。

また、ロシア語の名詞は被示物が人間、動物、植物、無生物のいずれであるかを問わず、被示物の性別とも性質・形状とも無関係に「男性」、「女性」、「中性」と呼ばれる3つの「性」に分かれる(注:実は、名詞の「性」とは不適切訳が定着した語に過ぎず、名詞に3つの「類」があるということに過ぎない。このことはドイツ語にもラテン語、ギリシャ語という古典語にも共通する)が、形容詞は、単数においてはいずれの「性」の名詞を修飾するかによって形が違い、しかも、名詞が格変化をすると形容詞もそれに一致して格変化するため単数だけで3×6=18個、さらに複数において6個に格変化するので、比較級と最上級を除いても1つの形容詞が24個に変化する。これらを形容詞の「長語尾形」と呼ぶが、形容詞の多くはこの他に名詞への修飾語となれず”S=C”の文のCとしてしか用いられない「短語尾形」を4個持つので、計28個の形に変化する。しかしそれゆえに、名詞と形容詞の「係り受け」が明瞭に表現される。

そして、まさにこのことゆえに、名詞類および形容詞類の語形変化をきちんと把握していないとごく簡単な文章を読むことも卑近な生活会話を理解することも話すこともできない。なぜならば、先述の「語順の自由さ」も「状況および文脈上明らかな語の省略可能性の高さ」も実際にロシア人が話し、書く時に頻出するが、それはまさしく、こうした複雑な語形変化により「述語」、「主語」、「直接目的語」、「間接目的語」、「この被修飾語に対してこの修飾語」等々が明示されることによって担保されているからである。ロシア語は「文頭にある名詞だから主語だ」や「動詞の後にあるから目的語だ」などという固定観念が全く役に立たない言語なのである。言い換えれば、語順が自由であり、言わなくても明らかな語を自在に省略できるということは、動詞、名詞類、形容詞類ともに語形が複雑に変化することと「同じコインの裏表」の関係にある現象であるということである。

また動詞については、英語の「分詞」に相当する形が極めて複雑であることを特筆する必要がある。英語の「分詞」に相当する形としてロシア語には「副動詞」、「能動形動詞現在」、「能動形動詞過去」、「被動形動詞現在」、「被動形動詞過去」の5種類があるが、それら各々の形の作り方を全て覚えることだけでも非常な記憶負担量を要する。しかもそのうち「副動詞」を除く全てが形容詞と同じ型の語形変化に服し、24~28個の形に変化する。そして、これらを全て学び終えないと文章語を読むことはおろか受動態の会話文を理解することすらできないのである。

ロシア語とは上述のような特質を持つ言語であるため、「表を覚える」という作業を厭う者はロシア語の学習に最も向かないと断言できる。ロシア語を履修する場合には特にこのことを肝に銘じてほしい。ロシア語の初級・中級とは次から次へと現れるたくさんの語形変化表との格闘であると言っても過言ではないからである。

3.ロシア語は、文法を学び終えると突然視界が開ける言語である。

ロシア語はこのように文法が複雑な言語であるため、3年次後期セメスターの「展開ロシア語IV」に至らないと中級文法の学習を終えることができない。しかし、名詞類や形容詞類の形によって主語や直接目的語や間接目的語が明示されるので、数々の難所を越えて文法の最後まで至りさえすればすぐにロシア語原文の読解に移行することができるという利点もある。

ロシア語とはこのような際立った特色を持つ言語である。それゆえ、「ロシア語を最後まで学んでロシア語の原書を読めるようになりたい」という積極的意欲を持ち、なおかつ、いかに理屈っぽかろうとも、またいかに記憶負担量が多かろうとも、それを「克服してやろう」という気概がある学生でなければロシア語の授業に付いて来ることはできない。履修希望者には、このことを肝に銘じた上で履修登録をしてほしい。

担当教員としては、「難しいからこそ挑み、克服する」という意志のある学生が来てくれることを強く望む。